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鍵は企業文化と依るべき行動指針。社会インフラを目指す会社が作った、働き方多様化新制度運用の秘訣|Meet with ESG Startups Vol.9

鍵は企業文化と依るべき行動指針。社会インフラを目指す会社が作った、働き方多様化新制度運用の秘訣 | Meet with ESG Startups Vol.9

近年、「企業価値」と「社会的価値」の両立を目指す「ESGスタートアップ」が注目され、Open Network Lab(以下「Onlab」)でも、国内外の支援先が増えています。スタートアップの事業成長と会社経営のあり方や持続可能な社会へのインパクトをどのように創り出していくのか。シリーズ「Meet with ESG Startups」では、経営者の考え方や企業の取り組みについて伺います。今回登場するのは、貸切送迎バスのマッチングサービス「busket」を運営するワンダートランスポートテクノロジーズ株式会社(以下「WTT」)です。

同社は働き方の多様性を高め、ひいては優秀な人材を採用するために、「リモート」「時短」「一定時間」といった特徴をもつ勤務制度をゼロから作り、当該制度が適用される社員第1号を採用。一定の成果を収めています。制度の狙いや運用してみた学びについて、代表の西木戸さんを始め、WTTの社員の皆さんにお話を伺いました。

働き方多様化の新制度を導入。採用したのはどんな人?

── 前回のインタビューから1年が経ちました。その間の事業のアップデートを教えてください。

西木戸(代表取締役CEO):
busketは、貸切バス配車・運行管理サービスのマッチングプラットフォームです。1年前の時点ではスポーツ関連での利用が多かったのですが、最近は物流・人材領域での利用も増えてきました。

例えば物流倉庫の繁忙期では、何百人ものアルバイトが駅から倉庫に移動しなければなりません。ですが実際にどのくらいの人数が移動するかはギリギリにならないと確定しないんです。仮に1ヵ月前にバスで移動する人数が確定していれば事前にバスをチャーターできるかもしれませんが、直前で対応するのは難しい。busketならそういった急な対応の時でもバスの手配から各所との調整までワンストップでサポートできます。

また同じOnlab生でもある株式会社Spatial Pleasureとは、貸切バスの環境便益評価に基づくカーボンクレジット創出について協業を開始しました。通勤送迎等で発生する移動を貸切バスに代替することで、どれだけカーボン排出抑制の面から環境に貢献できるかを形にするESGの観点からも事業を拡大していきたいです。

── ありがとうございます。それでは本題に入りまして、WTTは従業員の働き方に多様性をもたせるための制度を新たに作ったと聞きました。今回はその話を詳しく聞かせてください。

西木戸(代表取締役CEO):
従業員や採用候補者に「この会社で働きたい」と思っていただけることはハッピーなことです。ですが中には、一般的な会社の制度では働けない・働きにくいという方が一定数います。彼ら・彼女らが働きやすい環境を整えられれば各人のパフォーマンスも上がり、ひいては会社としての競争力も向上するのではないか、そう考えてWTTでは多様な人材が働けるための制度設計にチャレンジしています。

寺下(取締役):
その制度の第1弾として、「リモート」「時短」「月ごとの一定時間」勤務の制度を作りました。その制度で採用されたのがカスタマーサポート担当の相原です。

相原(CS、新制度採択者):
WTTの相原夏絵です。職務内容としては、バス会社とお客さまの間に入って運行関連の書類作成業務や運行管理のための細やかな連絡を取ったりする仕事をしています。

私は大学卒業後、ホットヨガスタジオを運営する会社に入社して店長を務めていました。その後出産・育休を経て復職したのですが働きづらさを感じ、復職1年ほどで退職。それから自分で貸しスタジオを借りてヨガのインストラクターをしながら、某上場企業のコンタクトセンターで働いていたのですが、やはり子育てをしながらの出社にハードルの高さを感じていました。そんなとき幼馴染でありWTTで働いていた駒井が「実は最近リモートで働ける制度ができた。よかったら一緒に働かないか」と誘ってくれたんです。

駒井(HR担当):
当時WTTはちょうど採用を強化しているタイミングでした。そんなとき、相原がリモート環境での仕事を探していると言うので、すぐに誘ったんです。興味があるというので、その場ですぐに寺下に「こんな人が今隣にいるんですけどどうですか?」と連絡しました。そうしたらその場でオンラインミーティングすることになったんです。突然だったので相原とイヤホンを半分ずつ使いながら話したのはいい思い出です(笑)。

左から代表取締役CEO 西木戸さん、社員 駒井さん、社員 相原さん、取締役 寺下さん
左から代表取締役CEO 西木戸さん、社員 駒井さん、社員 相原さん、取締役 寺下さん

ルールだけあっても上手くいかない。働き方制度成功の条件は

── 相原さんの今の働き方を教えてください。

相原(CS、新制度採択者):
私は仙台に在住しており、仕事はフルリモートで時短勤務、かつ月で働く時間も決まっているという制度の下、子育てをしながら働いています。またWTTと並行して、自分のヨガ教室の運営も続けています。

── フルリモートで働いているということで、周りから仕事を教わることやコミュニケーションの難しさなどはなかったでしょうか。

相原(CS、新制度採択者):
確かに、私自身完全オンライン環境やスタートアップで働くのが初めてということで、最初は戸惑いがありました。ですがWTTでは常にGather(編注:バーチャルオフィスサービス)やSlackが稼働していますし、わからないところは質問したり画面共有しながら教えてもらったりして、隅から隅までオンボーディングしてくれたので、今では問題なく働けていますまた入社前からみんな自然体というか、飾っていない、裏表がないように感じていましたが、入社してからもその印象は変わっていません。風通しがよくて、だからこそこういう新しい働き方の制度が適用できるのだろうと感じています。

実はWTTに入社する前は、作業員のような状態になるかと思っていたんです。ですが蓋を開けたら業務範囲は広いし、意見も聞いてくれるしで、いち社員としてちゃんと権限があり、別け隔てない状態で働かせてもらっています。

ワンダートランスポートテクノロジーズ株式会社 CS担当 相原 夏絵さん
ワンダートランスポートテクノロジーズ株式会社 CS担当 相原 夏絵さん

西木戸(代表取締役CEO):
業務範囲が広いのは、まだまだ少ない人数の組織において、多くのお客様のニーズを拾い適切に運行関係の業務を行うからという側面もあり、引き続き採用強化は必須の課題ではあります。一方で、相原自身もこうしたスタートアップの環境を楽しんでいるように思いますし、むしろ「オンラインだから作業員でいい」という気構えだったら作業員としてしか扱えなかった可能性もあったかもしれません。

相原は会社の風通しの良さがあるから上手くいっていると言ってくれましたが、相原のような制度が適用される側の社員の気質もマッチしていなければ、この制度は上手く運用できていないかもしれません。

── この制度での社員採用は初めてだったのでしょうか。

西木戸(代表取締役CEO):
そうですね。専門職だったら裁量労働型を適用すればよかったのですが、相原は専門職採用ではありません。そのため、社労士と相談して、フレックス勤務を基本としつつ、時短も含め、本人が柔軟に働けるような新しい制度をゼロから作りました。

──オリジナル制度を作ったのであって、既存の制度やひな形を使ったわけではないのですね。

西木戸(代表取締役CEO):
その通りです。とはいえ一旦作ってみたものの、これで完成というわけではありません。今この制度はモデルケースとして相原だけに適用されています。その間に改善点を洗い出して汎用性のある柔軟な制度にアップデートし、多様な人材がこの制度を使えるようにしていく予定です。

── WTTとしてはこういったユニークな働き方の制度を増やしていくのでしょうか。

西木戸(代表取締役CEO):
はい。今回の制度を前提に採用していくかどうかにかかわらず、それぞれにあった働き方が実現できる会社にしていきたいと思っています

というのも、busketの事業の性質上、サービスが普及すれば普及するほど社会のインフラとなっていきます。社会のインフラなのだから、それを運営する会社の構成員も社会の縮図と同じであるべきだと、私達経営陣は考えています。しかし働き方の制度が画一では、会社の構成員の多様化は難しいのは明白。そこでさまざまな働き方に耐え得る状態をつくりたいと、この制度構築にチャレンジしました。

とはいえ、綺麗事だけで制度を作ったわけではありません。この制度があることによって多くの方に門戸が開かれ、優秀な方がWTTに参画できる確率が高まるだろうという合理的な考えも、制度構築を後押ししています。

ワンダートランスポートテクノロジーズ株式会社 代表取締役CEO 西木戸 秀和さん
ワンダートランスポートテクノロジーズ株式会社 代表取締役CEO 西木戸 秀和さん

働き方多様化と新制度を支える行動指針

── 単に働きやすい制度を作ったというわけでなく、世の中に合わせた社員構成にしたいという話、自然体の雰囲気が多様な働き方を促進しているという話は、ESG経営の文脈からも非常に興味深いものでした。

西木戸(代表取締役CEO):
ありがとうございます。とはいえまだまだ制度は構築の途中です。就業規則にしても、例えば会社によっては配偶者の誕生日休暇がありますが、今の時代は男女の配偶者に留まらずもっと広くパートナーとした方がいいかもしれませんし、家族だけでなくペットが大事な方もいるでしょう。多様な価値観や個々の気持ちを尊重し、、誰かにとっての大事なものを大切にできる仕組みをどう規則に落とし込んでいくかは、新たなチャレンジだと感じています。

── 実際、相原さんが使っている制度にしても、概念として賛成する会社は少なくないと思いますが、ちゃんと文章化・ルール化するにはかなりエネルギーがいると感じます。

西木戸(代表取締役CEO):
そうですね。「いい制度だ」と言う人はたくさんいると思いますが、実際に作るのはかなり労力がかかります。手を動かしてみて改めて感じました。だからこそ本当に必要なものを絞り込んで検討していく必要があります。WTTでも、会社としての価値基準を元にどのような制度を作っていきたいのか、作る必要があるのか、現在社内でまとめているところです。その他にも、学習し続けることは組織として大事にしたいので、資格取得や書籍購入の支援もしたいと考えています。とはいえ、社長がいきなり「学習は大事だから制度を作る!」となっては公平性や継続性の観点から疑問が生じてしまう。そのため、制度を考える際に大事なのは、依るべき価値基準だと考えています。

寺下(取締役):
WTTでは少し前に、行動指針を作成しました。メンバー全員でワークショップなどを開催し、自分たちらしい行動や特性、嗜好などを列挙してカテゴリー化、グループ化して、全員が納得できる価値観を可能な限り反映したものです。

ワンダートランスポートテクノロジーズ株式会社 CTO 寺下 拓志さん)
ワンダートランスポートテクノロジーズ株式会社 CTO 寺下 拓志さん

働き方の制度以前に、そもそも組織の構成員が共通の文化を感じていないと、せっかく制度を作っても納得感がないし、それ故に浸透もしません。なのでWTTでは、例えばSlackで各行動指針のスタンプを作って、誰かが行動指針に適った行動やアクションをしたらそのスタンプを押す、といった施策などさまざまなアプローチを通して、組織に行動指針の浸透を図っています。

WTTの行動指針(image: WTT)
WTTの行動指針(image: WTT)

── 組織の雰囲気づくりという点で、行動指針の他にやっている施策を教えてください。

西木戸(代表取締役CEO):
オンラインで仕事をする、裁量を与えていくという行為は、ともすればメンバーがバラバラになってしまうリスクを孕んでいます。そのリスクを避けるため、毎日朝礼・夕礼をしたり、言葉使いや発表フォーマットは徹底して統一。全体ミーティングのファシリテーションを全員が持ち回りしたりなど、組織やチームとしての一体感や連帯感といったものも意識的に作るような取り組みを行いながらバランスをもって運営しています。

駒井(HR):
相原は行動指針ができた後に入社しているので、行動指針を決めるための会議には参加していません。ですが日々のさまざまな活動を通して行動指針を伝えるのは大事だなと感じているところです。HRの面からも、こうした組織文化を浸透させるための取り組みは引き続き考えていきたいと思います。

相原(CS、新制度採択者):
確かに行動指針は日々の業務の中で気にするような仕組みになっていますし、社員にも浸透していると感じています。私の例を挙げれば、そもそも私がWTTに転職してきたのは、それまで責任をもった仕事ができず社会の片隅に追いやられているような感覚があったからです。でもWTTでは、時短だから、リモートだからと変な壁はないし、責任のある仕事も任されるし、かつ子育てなどにも柔軟に対応できている。それは「自由と責任」という行動指針が企業文化になっているからです。それもあって私は「自由と責任」という行動指針に親しみを感じています。

寺下(取締役):
子育てという意味で言えば、私も西木戸も未就学児の子育てをしているのは大きいかもしれません。自分が子育てしながらも仕事にも責任を持って働いているので、同様にメンバーにも変に遠慮せず、仕事を任せられ、それが「自由と責任」に繋がっているのだと思います。

── 相手の立場がわかっていることも「自由と責任」という行動指針に繋がっているということですね。ただ、今の10人程度の組織だと他者を理解して仕事を任せることもできそうですが、組織がもっと大きくなっていくとそれも難しくなってしまうのではないでしょうか。

西木戸(代表取締役CEO):
私はWTTを数年で100人規模の組織にしたいと考えています。ご指摘の通り、その規模になると恐らく今の規模と同じ仕事のやり方はできないし、新たな制度も必要となってくるでしょう。つまり組織にも変化が必要になってくるはずです。それに対応するための行動指針が「Be Nice」。これは仲間への貢献を求めるもので、どれだけ大きくなっても相手のことを慮る組織でありたい、誰かがピンチのとき、手の差し伸べ方は人それぞれでも相手へのリスペクトをもってほしいと願って設定したものです。この精神がちゃんと組織に浸透していれば、必要な制度や仕組みを上からではなく組織のメンバー全体で主体的に生み出すような組織文化になっているはずですし、いろいろな変化へも対応できると信じています。

ワンダートランスポートテクノロジーズ株式会社 社内ミーティングの様子
ワンダートランスポートテクノロジーズ株式会社 社内ミーティングの様子

寺下(取締役):
組織の変化に対しては、当然行動指針だけでなく、仕組みや制度を変えることで対応していく必要もあるでしょう。busketという事業はその性質上、24時間365日何かしらの情報が流れてきます。そのためヨーロッパや南米にいる方が時差を活用して働いた方がむしろいいかもしれませんし、言語の多様性が必要になるかもしれません。組織の変化や事業の拡大に応じて人数が増えた段階で新たな仕組みを構築しながら柔軟に対応したいと思っています。

西木戸(代表取締役CEO):
組織が大きくなれば、全員が「自由と責任」をもてるような新たな仕組みや制度が必要になってきます。実現は大変ですが、それができれば組織は確実に強くなる。行動指針という抽象的なものだけでなく、仕組みや制度といった具体的な施策を構築し、WTTという組織なりに多様な働き方を支援していくことが、最終的に業績にも繋がると信じています。

── 社会に沿った多様な組織を構築すること、その組織をつくるための行動指針の重要さがわかりました。ありがとうございました。

(執筆:pilot boat 納富 隼平 撮影:taisho 編集:Onlab事務局)

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